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 浄 土 真 宗 親 鸞 会 岩 手 県 の ペ ー ジ  Jodo Shinshu Shinrankai Iwate OFFICIAL

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親鸞聖人って、どんな方?

 科学の進歩はめざましく、世の中は便利になりましたが、戦争、テロ、自殺や凶悪犯罪の増加など、人類はますます深い闇の中にあります。
「生きる意味があるのか」
「苦しくても、生きねばならぬ理由は何か」
最も大事な「なぜ生きるか」が、わからないからではないでしょうか。
 この古今東西の人類の迷闇を破り、「なぜ生きる」を明らかにされた方が、今日、世界の光といわれている親鸞聖人です。


  ■ 人生の目的を明示

   「難思 の 弘誓 は、難度海 を 度 す る 大船」

(教行信証 総序)

「難度海」とは、生きていく苦しみの人生を海に例えて言われたものです。  空と水しか見えない海で、押し寄せる苦しみの波に翻弄されながら、夫や妻、子供、金や財産、地位や名誉などの丸太ん棒や板切れ求めて、必死に泳いでいるのが私たちではないでしょうか。

 何かを頼りにし、あて力にしなければ生きてはいけないからです。 しかし、風や波に悩まされたり、すがった丸太ん棒に裏切られ、潮水のんで苦しんでいる人、おぼれかかっている人、あるいは溺死した人もおびただしい数にのぼります。 そんな人たちに、懸命に泳ぎ方のコーチをしているのが、政治、経済、科学、医学、芸術、文学、法律などでしょう。 ところが、

 「どこに向かって泳ぐのか」
 「なぜ、生きねばならないのか」

 肝心な泳ぐ方角、人生の目的が明らかにされているでしょうか。 何のために生まれてきたのか、何のために生きているのか、なぜ苦しくとも生きねばならないのか、だれも知りません。 行く先を知らずに泳いでいる人は、やがて力尽きておぼれるだけです。目的を知らずに生きている人は、死ぬために生きているようなものです。死を待つだけの人生は苦しむだけの一生に終わります。

 私たちは決して苦しむために生まれてきたのではありません。生きているのでもありません。
 すべての人の願いは、苦しみ悩みから解放されて、いかにこの難度海を、明るく楽しく渡るかに尽きます。 そんな私たちに、人生の目的を明示されたのが親鸞聖人であります。

「難思の弘誓は、難度海を度する大船」

「苦しみの波の絶えない人生の海を、明るくわたす大船がある。その船に乗り、未来永遠の幸福に生きるためである」


 答えは簡潔で鮮やかです。 難思の弘誓とは、大宇宙にまします諸仏の師匠である本師本仏の、阿弥陀如来の想像を絶するお約束のことです。 したがって冒頭のお言葉は、

「阿弥陀如来の本願は、苦しみの波の絶えない人生の海を、明るく楽しくわたす大きな船である。この船に乗ることこそが人生の目的である」

との確言であります。 苦しみの波の果てしない海に、永らくさまよいつづけてきた私たちを、必ず乗せて渡してくださる、救助の大船の厳存と、方角を明示されているのが、『教行信証』であり、親鸞聖人なのです。